
コロナ禍となる直前の今年の2~3月に録音/ミックス/マスタリングを担当させていただいた、原田斗生さんの録音作品がリリースされました。原田さんはイーストエンド国際ギターコンクールの2019年度覇者。圧倒的なパフォーマンスで幼いころから日本のクラシック・ギター界で大変な注目を集めていた、将棋で言う藤井聡太さんのような存在です。そのパフォーマンスを生ではじめて拝聴させていただく機会が録音担当とは、ディレクターの竹内永和さんに感謝するばかりです。
演奏を目の当たりにして驚いたのは、暴力的なほどの表現の強さ。繊細さより豪放、解釈より表現を優先していくような強さでした。音楽を生業としていても感動に至る演奏表現に出会うことは稀ですが、この若者の演奏表現には圧倒されました。音楽界で生きていたにも関わらず、私が「本当の演奏とはこういうものなのだ」とはじめて思い知らされたのは20代も後半にさしかかった頃でした。自分の職場だった録音スタジオで、毎日のように一流と言われる人の演奏にさんざん触れ、自分もまた演奏活動をしていながら、表現の何たるかを知らなかったわけです。それを、まだ高校生だった原田さんは当たり前のように知っていて、しかもそれを具象するレベルにまで達していました。
数年前に録音を担当させていただいた山田唯雄さんもまた素晴らしい表現を持つプレイヤーでしたが、それと合わせて考えると、今の日本クラシック・ギター界の若手は、尋常ならざるレベルにある世代と言えそうです。指が速く動くとかそういう問題ではなく、スコアの読み込みが深く、それを見事に表現につなげることが出来るレベルです。演奏職人ではなく、まぎれもなくミュージシャン。
エンジニアとして目指したことは、はみ出すほどの表現力を型にはめることなく生かしたまま、バス・和音・メロディを1本のギターですべて表現するクラシック・ギター独特のアンサンブルをオーディオレベルで整える事でした。音像や音場より先に、まずは演奏の素晴らしさに気づきやすいよう尽力したつもりです。曲による音像や音場のばらつきは、エンジニアとして文句を言われないようにする事より先に、表現とアンサンブルを優先したエンジニアの献身ゆえと思って許してください。時として暴走も辞さない爆発的な演奏なので、エンジニアの苦労は計り知れず。消耗し尽くしたので、数か月はクラシック・ギターの録音の仕事はしたくないです(笑)。
器楽コンクールというと、どうしてもミスの少ない人が勝ちやすく、個性的な演奏者が弾かれる傾向にあると思うのですが、こうしたプレイヤーをグランプリに選びだした審査員の目は素晴らしかったのではないか。スコアの読み込みがまた素晴らしいと感じましたが、これは本人だけでなく指導者もまた素晴らしかったのではないか。内容的にもう少し難しい録音セッションになっていてもおかしくなかった所を、取りこぼしも追加録音もなく済んだのは、自身が素晴らしいギタリストである竹内さんのディレクションがあったからではないか。つまり、原田さんの素晴らしい演奏の背後に多くの人の顔が見えたような気がして、これは日本クラシック・ギター界全体の長年にわたる努力が生み出した名演ではないかとも思いました。
このCDは、コンサート会場のほか、全国のギターショップでも入手可能なようです。
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- 2020/08/03(月) 21:54:52|
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