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Bishop Records blog

レコードレーベル"Bishop Records"の、最新情報やこぼれ話など。

2019.12.4 Celeste Septet 東京公演レビュー

celeste septet少し時間がたってしまいましたが、12月4日に東京永福町のSonorium で行われたCeleste Septet のライブが言葉に出来ないほどの素晴らしさで、数日経過した今も感動が残っています。こういうことを言うと気分を害されるかもしれませんが、私がこれまでに見た青木菜穂子さんのライブの中で、最も優れたパフォーマンスだったのではないでしょうか。

このライブに向けて、青木さんはライブの出演依頼の多くを断ってスケジュールを空け、部屋に籠りきりとなって作曲やアレンジ、そして練習に費やしたそうです。そしてステージは、プログラム、作曲、アレンジ、演奏、七重奏のアンサンブル、そのすべてにおいて完璧でした。
当日、ヴォーカルを務めたSayaca との共作「La montaña de la Luna」は、詩も曲も絶品。また、タイトなリハーサル・スケジュールで本番に臨んだであろう演奏者たちも、それを感じさせないほどリアリゼーションを見せた素晴らしい演奏でした。

私事ですが、先月まで他のバンドのために作詞を行った都合で、大学生の時以来に世界中の詩集をむさぼるように読んでいました。

そして、今回のライブで聴くことのできた詩や音楽は、先日読み返したばかりのネイティブ・アメリカンやラテン・アメリカの詩集と何かを共有していると強く感じました。正義を支えている美感や価値観が同じなのでしょう。
 音を文章にするのは難しいので詩を例にとると、先述の曲で、sayaca さんはこのような一節を綴っています。「それは過去の山。それは生と死を繋げる山。」最後には山に還るという思想はいくつかの文化が持っていますが、北部インディアンもそうした民族のひとつです。自分がつねに自分のルートと繋がり、すべてそこを基準に考えるわけです。このライブを聴いていてずっと思い出していたもののひとつは、ネイティブ・アメリカンの血をひくブラックウルフ・ジョーンズの詩です。なぜ情熱的であるのか、なぜ切なさを伝えるのか、その激しいクラスターを良しとする前提には何があるか。このライブで、私が激しく心を動かされた部分の根底にあるものを考えると、すべてラテンアメリカの根底にあったものとの共通項を挙げたくなるのです。 

いま、複数の仕事を抱えてしまっているのですが、もし時間を取ることが出来るようであれば、当日のライブレポートをどこかで書かせていただければと思っています。改めまして、素晴らしい音楽を聴かせてくださいました7人のミュージシャンに拍手を送りたいと思います。

Celeste Septet (青木菜穂子七重奏)
2019.12.4 at Sonorium 東京永福町

ミュージシャン:
青木菜穂子 Naoko Aoki – piano, arrange, compose
北村聡 Satoshi Kitamura – bandoneon
吉田篤 Atsushi Yoshida – violin
西谷牧人 Makito Nishiya – cello
大柴拓 Taku Oshiba – guitar
田中伸司 Shinji Tanaka – contrabass
Sayaca - Vocal

プログラム:
Chiqué (R.Brignolo)
El Andariego (A.Gobbi)
Pajaros (N.Aoki)
Mano Brava (M.Buzón)
El Corazón al Sur (E.Blázquez)
Se Potessi Ancora (S.Bardotti / A.Piazzolla)
Otoño Porteño (A.Piazzolla)
Si sos Brujo (E.Balcarce)
Donaré (C.Ceretti / O.Pometti)
La montaña de la Luna (Sayaca / N.Aoki)
Cuando muere el Angelito (M.Ferreyra / E.Inchausti)
El Dia que Me Quieras (C.Gardel)
El Faro (N.Aoki)
La Oncene (E.Lagos)
アンコール:El Choclo (Á.Villoldo)
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  1. 2019/12/07(土) 14:31:57|
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「バルバラはドイツで何を見たか」

 ネット音楽誌のメルキュール・デザール様からご依頼いただきまして、バルバラに関する記事を書かせていただきました。
http://mercuredesarts.com/2019/07/14/critique-quest-ce-que-barbara-a-ressenti-en-allemagne-kondo/

 バルバラは、50年代から活躍していたシャンソン歌手で、私が最も好きな歌手のひとりです。ユダヤ系フランス人のため、ナチに追われる生活をしました。
 彼女の歌に「パリとゲッティンゲン」というものあります。自分を殺そうとしたドイツでの公演にバルバラは難色を示しますが、老婦人がグランドピアノを提供し、ドイツ人学生たちが必死にそのピアノを運びました。それに感激したバルバラが書いた曲です。これを、現在の世界情勢と絡めて書かせていただきました。

 なぜヨーロッパやアメリカや日本で経済格差が広がり、テロをはじめとした不幸な事件が続くのでしょうか。そのからくりの説明を試み、それをバルバラの歌に表現されたものと比較する事で、現在の社会に欠けているものを考えてみました。

 もうすぐ選挙です。私は経済学部卒なのですが、こういう情報が学部卒業生や専門家だけでなく市民全体で共有されれば、もう少し社会が良い方向に向いてくれるのではないかと思っています。
  1. 2019/07/15(月) 00:16:30|
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齋藤徹CD、再入荷

20190626Travessia.jpg 齋藤徹、および齋藤の個人レーベル「TRAVESSIA」のCD、再入荷しました。しばらく売り切れとなっていた井野信義とのデュオ「SoNAISH、林栄一・小山彰太とのトリオの録音も再入荷しました。

 バール・フィリップスとのコントラバス・アンサンブルなど、面白い事をやっている音楽が色々ありますので、眺めるだけでも構わないので是非お立ち寄りください。

http://bishop-records.org/onlineshop/artist_detail/STetsu.html



  1. 2019/06/26(水) 12:28:44|
  2. 入荷情報
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JazzTokyo No.254 齋藤徹追悼

tetsuJoelle.jpgJazzTokyo誌に、コントラバス奏者の齋藤徹さんの追悼文を寄稿させていただきました。

深い付き合いをしていなかった私より、追悼文を書くに相応しい方が多くいらっしゃる事は承知しています。齋藤さんが信頼なさっていただろう共演者の喜多直毅さん、今井和雄さん、ドネダさん。齋藤さんが師事した井野信義さん。齋藤さんに師事した河崎純さんほか数多くのベーシスト。時代ごとに齋藤さんの活動を支えてきた批評家の北里義之さん、エアジン梅本さん、バーバー富士松本さん。私が知るだけでも思いあたる方が次々に思い浮かびます。しかし、急な事でJazzTokyo編集部様も原稿集めに苦労して私にお声掛けいただいたのでしょうし、あれだけ素晴らしい仕事をした音楽の大先輩の追悼文が万一にも集まらないという事があっては後輩として申し訳が立たないと思い、僭越と分かりながら、短い言葉だけ書かせていただきました。

齋藤さんと直接のやり取りが多くなったのは晩年の事で、きっかけはコンサート評を書かせていただいた事でした。伝えられもせずに消え去って良いようなパフォーマンスとは思えないものだったので、一筆取らせていただきました。以降、やり取りをする中で齋藤さんが「本を書きたい、あなたの書いた本に興味があるので読みたい」と仰られ、お送りさせていただきました。差し上げたつもりでしたが、律儀に代金を振り込んでこられました。当時の齋藤さんのフェイスブックを見るに、入院先で読まれたようでした。苦しいだろうに、わざわざ電話いただいて感想をお聞かせいただき、また質問までしてきたその探究心には驚きました。結局、齋藤さんは本を書く事を諦められたようですが、書くだけの時間が残されていないと思われたのかも知れません。

闘病生活が始まってからの状況はSNSを通じて知っていたのですが、癌との戦いに恐怖を覚えているように私には感じられ、いたたまれなくなって「作品紹介でもなんでも、なにかお手伝いをしましょうか」と提案させていただきました。「当分演奏収入が無い上、医療費が嵩みますので」という事で、CD販売をお手伝いさせていただく事になったのですが、そんな矢先での訃報でした。

歴史に埋もれながら、自分をひとつ上の段階への止揚に導くような、優れた思想や研究や音楽がある事を、私は人生で何度も経験しました。ランボーの『イルミナション』やフッサールの『イデーン』を読んだ事がある人とない人では、世界の見え方や人生の感じ方が違うでしょう。こういうものは知ってしまえば当たり前なのですが、知るまでは辿りつく事すら困難で、誰かの強い推薦や紹介がなければ、なかなか自力だけで見つけられるものではないと思います。
音楽にも、そういう作品や演奏があると私は思っています。バッハですら全集が発行されなければ忘れられたまま消えていたでしょう。カザルスが演奏していなければ、無伴奏チェロは今も埋もれたままだったかもしれません。齋藤さんのパフォーマンスを直に体験する事が不可能となった今、録音すら聴かれなくなれば、その思弁は本当に消えてゆくでしょう。しかし、齋藤さんには人の世から忘れ去られるには惜しい録音を少なくとも3つ残したように私は思っています。無論私の主観にしか過ぎませんが、追悼文では、まだ齋藤さんの音に触れていない方にその3つを伝える事で、私なりの弔辞とさせていただきました。齋藤さんへの弔辞というだけでなく、それを聴く人にも何かを与えうる渾身のパフォーマンスと思います。

残されたご家族の方の心情は察するに余りあるものがありますが、謹んでお悔やみ申し上げます。

https://jazztokyo.org/issue-number/no-254/post-40337/

  1. 2019/06/02(日) 10:54:46|
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CD『森川ともゆきとタンゴ・アンサンブル / タンゴ…バンドネオンの輝き』

MoriokaEnsemble.jpgふとしたご縁で、とあるタンゴのCDの制作に関わらせていただきました。店舗限定販売のようですが、内容が素晴らしかったのでご紹介させていただきます。

ジャズやタンゴやフラメンコに惹かれ、手当たり次第に聴いていた若いころ、タンゴというと盛岡の名を耳にすることがありました。盛岡にタンゴ専門の名門ライブ・レストランがある事を知ったのは、私が音楽業界に入ってしばらく経ってからの事でした。店の名は「アンサンブル」で、店主の森川倶志(ともゆき)さんがバンドネオン奏者。これにヴァイオリンの花田慶子さん、そして時代に合わせて様々なピアニストが加わる形で、ベースレス・トリオ「森川ともゆきとタンゴ・アンサンブル」となるようです。レストラン「アンサンブル」ではこのトリオの演奏を聴く事が出来、10代続いた歴代ピアニストは錚々たる顔ぶれ。熊田洋さんや青木菜穂子さんの名もそこに見つける事が出来ます。

このCDは、森川ともゆきとタンゴ・アンサンブルが30年ほど前に制作した12インチアナログ盤のCD化で、40周年記念作品です。アナログハーフのデジタル化などの裏話なども書けば面白いでしょうがそれは置いておくとして、何より素晴らしかったのは音楽でした。
バンドマスターの世代的に、ヌエボ・タンゴ以前の古き良きタンゴを大事に演奏なさってるのだろうと思っていたのですが、そうではありませんでした。フランシスコ・カナロなど古いタンゲスタの曲も取りあげてはいるものの回顧ではなく、モダンを感じさせる生々しい音に満ちていました。演奏も渋みがあって素晴らしかったのですが、特に惹かれたのはアレンジでした。アレンジを行なったのは熊田洋さんで、後に小松亮太さんのアンサンブルなどにも加わったピアニスト/アレンジャーです。古典とモダンを橋渡しした見事な仕上がりでした。例えれば、古いビッグバンドジャズだと思っていたカウント・ベイシーの音楽が、晩年はモダンと伝統の見事に融和した音楽になっていた事に似ている、とでも言えば伝わるでしょうか。

ミックスダウン後の2チャンネルマスターしか現存していなかったため、リミックスは既に不可能、行うにしてもリマスタリングまでという状況でした。私なりの解釈で大がかりなリマスタリングを施そうかとも考えましたが、40年に渡って盛岡で演奏活動を続けてきた事自体が日本タンゴ史の重要な歴史の一部であって、当時の録音状態に近いまま残す事が重要と思い直し、マスタリングはノイズ除去や欠落部の復旧に留め、あとはなるべく当時のミックスに出来る限り近づけたつもりです。

この40年、アルゼンチンはもとより日本のタンゴ界も大きく動いたので、色々なご苦労があったかとは思いますが、東京から盛岡に移り、こうした活動を40年間演奏活動を続けた事は生き様そのものであり、敬服します。ビショップレコーズでの取り扱いはありませんが、もし盛岡のアンサンブルに行かれる事がおありのようでしたら、このCDにも目を留めていただけると有り難いです。

  1. 2019/05/28(火) 15:54:09|
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CD『軌跡2~ドキュメンタリーの音楽~』 本日発売

Kiseki2.jpgCD『軌跡2~ドキュメンタリーの音楽~』本日発表です。

20代後半からドキュメンタリー系の映画や番組に関わらせていただく機会が増え、今では劇作品よりドキュメンタリーフィルムを見ることの方が多くなりました。日本の作品でいうと、古典では、放射能によって人がどう奇形化するのかを映して世界に伝えた亀井文夫『世界は恐怖する』、私が20代の頃だと殺戮の20世紀を映像で捉えたNHKと米ABC共同制作『映像の世紀』が強く印象に残っています。いずれも、人が知っておかなければならない現実を捉えた優れたドキュメンタリーと思います。

現在、東海テレビが素晴らしいドキュメンタリー番組を数多く制作しており、音楽もその作品のために委嘱制作。このCDでは、指定暴力団清勇会への密着取材『ヤクザと憲法』、袴田事件などで冤罪を訴えるふたりを追った『ふたりの死刑囚』のほか、『戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅』『眠る村』『Home』などのために書き下ろされた曲を収録。

http://bishop-records.org/onlineshop/article_detail/CRSA1020.html


  1. 2019/05/22(水) 15:16:38|
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齋藤徹、逝去

160708tetsu_s_003.jpg 5月18日11時36分、コントラバス/作曲の齋藤徹が逝去されました。

 一般には異端かもしれませんが、音楽としても人の筋としても私には本筋と思える道を、私たち後輩の前を走って示してくれた、尊敬する大先輩でした。闘病生活に入られてから私の本を読んで下さり、「私も死ぬまでに何とか本を書きたい」と仰って下さいましたが、私のような後輩すら軽くみる事なく真剣に対峙しようとしたその姿勢には敬服するばかりでした。

 執筆は間に合わなかったかも知れませんが、自分の半生を振り返った2016年のソロリサイタルと、その録音『TRAVESSIA』が間に合った事で、身体性を含めたその思想のエッセンシャルな部分を音で示し残す事が出来たのではないでしょうか。本人にとってはすべてが道なかばでしょうが、それでも自分が真剣に対峙してきたことへの見解や成果の半分でも示す事が出来、それが社会の尺度に乗った上で相当な意義を持つものであった事は、音楽家として最上の人生であった事と思います。

 音楽界においても迷走を続ける社会思弁においても、素晴らしいものを示した大先輩。私の理解と解釈の範囲に限られるものの、音楽に疎い人に対し、あの作品の意味のひとつを言葉として社会に伝える手助けを出来た事は、私に出来る先輩の偉業への恩返しのつもりでもありました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 (近藤秀秋)

https://jazztokyo.org/reviews/live-report/post-6078/
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-10857/
http://bishop-records.org/onlineshop/artist_detail/STetsu.html

  1. 2019/05/19(日) 14:59:34|
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4枚組LP『Tokyo Flashback P.S.F.』発表

20190510_TokyoFlashback_LP.jpgP.S.F.Records 生悦住英夫さんの追悼盤『TOKYO FLASHBACK P.S.F.』が、アメリカのBLACK EDITIONS から4枚組LPとして発表されるそうです。私はバッハのヴァイオリン・ソナタ1番1楽章をギター編曲して演奏させていただきました。今にすれば簡単でない曲を選んだものと思いますが、川島誠さんと見舞いに行ったばかりの生悦住さんの死を前にした当時はそういう心情だったのでしょう。生悦住さんにこの演奏を捧げて以降、私はこの曲を弾いていません。作曲ばかりしている今では、弾こうとしても弾けないでしょう。

ディレクターを務めた馬頭さんからLPを送っていただいて聴いている所ですが、オリジナル盤の発表からしばらく時間が経過したためか随分このレコードを客観視する事が出来て、追悼に参加なさったミュージシャンそれぞれの青春や人生が聴こえてくるようでした。誰だって人生を背負って生きていますが、ここに入っている音の多くが、完成したものを披露しているのではなく、何かを探しながら必死にもがいているようでした。ひとりひとりは個人の戦いなのでしょうが、まとめて聴くと、何が正義かを迷い問いながら生きざるを得ない今の東京(や資本主義社会の大都市部)の状況が音化されているようです。

キッド・アイラック・アートホールもモダーンミュージックも無くなった明大前に私は足を運ばなくなりましたが、このレコードを聴いていて、明大前のモダーンミュージックまで足を運び、生悦住さんに明大前の喫茶店で「レコードを出そう」と言っていただいた時の事や、やってもやっても追いつかない音楽の練習や勉強に追われていた頃がフラッシュバックしてくるようでした。何が正義かを暗く真面目に悩み考えていた戦後の日本の若者が、80年代に入ってまるで愚民政策に屈したかのように深く考える事もなく意味より利潤や快ばかり優先しはじめた状況下でアンダーグラウンド化した状況、それを音にするとこんな感じではないでしょうか。アフリカや中央アジアや東欧など一部の民族音楽を聴いていると、そこに文化に組み込まれた自分の音楽があると感じますが、このCDからそうした音楽は感じられません。そうした音がないのが戦後の東京なのかも知れませんが、なぜこういう音を問うなり出すなりするに至ったのかという所に共通項を感じます。

あくまで私の解釈ですが、生悦住さんへの追悼という部分を差し引いてこの録音に残る価値とは、音楽よりも、戦後日本の思想潮流のひとつを捉えたところにあるように思えます。今回聴いていて個人的に心を動かされたのは、私が子どもの頃まで残っていた日本の歌音楽にあった情緒を現代化したかのようなà qui avec Gabriel さんのアコーディオン、フランス印象派音楽と日本のアンダーグラウンドが融合したような平野剛さんのピアノ、「なぜ」という意味では最上と感じられた冷泉さんは、素晴らしいパフォーマンスでした。この4枚組LP、日本では、HMVやディスクユニオンなどから5月末に入手できるようになるようです。
  1. 2019/05/10(金) 14:10:30|
  2. PSFD-210
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